第4章 たったひとつ

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「この書類はもしかして……?」 四月中旬ののある日、体育教師の平が書類の整理をしているところに、高岡が声をかけた。 「ええ。今回のスポーツテストと体力測定の結果表です。明日業者に郵送するんですよ」 平は手を止めないまま答えた。 「どうなんですか?やっぱり子どもの体力低下は結構深刻なんですか?」 高岡は平にたずねる。 「ええ。10年前、20年前に比べると下落は明らかですね」 平は即答した。 「……おや?これは野呂さんのですね」 「ああ、のろすけのですよ。言い方はきついですけど、論外ですね」    高岡はデータを見てみる。なるほど。決してほめられた数字は並んでいない。50m走に至っては9秒3。小学生とほぼ同等、いや、場合によっては小学生に負けるかもしれない。その他握力、上体起こし、反復横跳びなど、どれも全国平均を下回るものばかりだった。 「おや?」  高岡はひとつの数字に注目した。 「ああ、確かにこれだけはまあまあの数字ですね。でも、これでも全国平均とほとんど変わりませんよ」 「全国平均は行っているんですね」  高岡は平に念を押す。 「ええ。……まさか高岡先生、本気でのろすけを県大会に連れていくつもりじゃ……」  平はおそるおそる高岡に訊いた。 「はい。この数字を見て連れていけそうな気がしました。でも、まだ確証は持てません。ただ、このデータを見る限りでは、不可能ではない気がします」  高岡は平に自信を持って言った。 「いやでもさすがに高岡先生でものろすけ相手じゃ無理がありませんか?その……いくら『高岡水軍ここにあり』と言われた過去があったとしても」  平は笑いながら言うが、 「ダメかどうかはやってみないとわかりません。それに、私は最善の手を考えるだけ。実際に頑張るのは本人ですから」 高岡は表情を崩さず冷静沈着に答えた。
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