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「そうね、そういうことね。だからあの子が死を選んだとき、私は貴女のように『逝かないで』ってあの子に言えなかった。後悔の念ね。あの子に負い目があったから……」
木下の顔が哀しみに歪む。
「なのにあの子、こんな私に言ってくれたの。『母さんの子として生まれてきて良かった』って。夢のようだったわ。あの子の口から一生聞くことができない言葉だと思っていたから。幹也をそんな風に思わせてくれたのはアザミちゃん、貴女でしょう?」
木下の瞳に涙が浮かぶ。
「その言葉であの子の死を受け入れようと思ったの。あの子の最後の願いだもの。母親としてちゃんと聞いてあげなくちゃって思った」
おそらくそこには激しい葛藤があっただろう。
「――死こそが幹也君を幸せにする方法だったんでしょうか?」
しかし、アザミはまだ納得していなかった。
「分からない。それでもあの子が選んだのは永遠の命ではなく、『幸せ』を感じたその一瞬だったんだと思う。あの子にとって永遠の命なんてどうでもよかったのよ。あの子はその一瞬をずっと探していたんだと思う」
――幹也は自分の価値を知り幸せだと言った。
「彼は価値ある自分を見つけたとき、自分が何者かも分かったんでしょうか?」
「どうかしら? でも……あの子の顔はとても穏やかだったわ」
全てを悟った顔だったと木下は言った。
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