七番目の息子

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――いつの間に……雲に隠れていた星や月が顔を出し遊戯室を明るく照らしていた。 「アザミちゃん、人間の心って矛盾ばかりね」 斜め上を向いた木下の横顔に、月の明かりが深い陰影を作る。 「あの子が願った通り、穏やかに逝けて良かったと安堵していたのに、時間が経つにつれて、もっとあの子と一緒にいたかったという思いが強く湧き上がってくるの。それと同時にあいつらに対する憎しみもね!」 あいつらとは……クローンで生まれた子たちを末梢しようとした者たちのことだろう。そう思い木下の顔を見た途端、アザミの背中を冷たい汗が伝った。 さっきまで穏やかに話していた木下が、突然甲高い声で笑い出したからだ。 その顔は鬼よりも醜く、月よりも冷たい冷気を放っていた。 「母親ってねっ、子供のためなら狂えるの。鬼にも悪魔にもなれるのよ」 強烈な母の愛が、それを持たないアザミの胸を締め付ける。 「――でも、木下さんのような思いで鬼や悪魔になる母親ばかりじゃない……例外もいます」 「雅ちゃんのママみたいな?」と名指しする木下に、「あの人だけじゃない!」とアザミは叫んだ。 「子供を捨てようとしているのに、木漏れ日の中で笑っていられる人もよ!」 木下はアザミが誰を指して言っているのか分かったようだ。一変して聖母のような柔らかな笑みを浮かべた。 「安心なさい。鬼や悪魔に例外なんてないの。遅かれ早かれきっと罰を受けるわ……皆平等にね」 その言葉はアザミにとって喜ばしい言葉のはずだった。なのにアザミは素直に喜べなかった――彼女の微笑みが、あまりにも穏やかだったからだ。 「そして、それはあいつらも同じ」 「木下さん? あいつらって……何かしたんですか?」 恐る恐るアザミが訊ねると、聖母の微笑みが魍魎(もうりょう)の微笑みとなり、「それは聞かない方がいいわ」と木下は呟くように言った。 そして、また柔らかな笑みを浮かべて彼女は星空に視線を向けた。 「どの星が幹也かしら? きっとあの一番光り輝いているのがそうね」 だが、アザミは木下の顔から目を()らすことができなかった。彼女の顔が怖いほど清々しく見えたからだ。
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