プロローグ

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「母親も母親ですけどねぇ」 そして、祖母は祖母で口を開かずにはいられない人だ。 「この子の父親もね、学がないもので長距離トラックの運転手なんてものをやっているんですよ。だから留守がちでね、私一人がこの子の面倒を見ているんですよ」 祖母が大部屋止まりだったのはこういうところだ。 若さや見た目の美しさはひと時のもの。年を重ねるほどに内なるものの輝きが必要となる。 祖母にはそれがない。その証拠に、石田梅岩(いしだばいがん)の『職業に貴賤(きせん)なし』という有名な言葉も知らない。知っていたらそんな台詞は出ないはずだ。 大成しなかったのも……無理もない。祖母が卓越しているのは人を見下すことだけ、ということだ。 ソレは母が出ていった原因の一つでもある。だが、母は家族だったからまだいいとして、目の前で話を聞いている人は他人だ。もし、その人の身内にその職に就いている人がいたら? そう思うと冷や汗が出る。 そして、父は……カメレオンだ。祖母の前では良い息子、良い父親を気取っているが、彼の本当の家はもう私と祖母が暮らすあの家ではない。 私は知っている。父が他に家族を持っていることを。そこには愛する女性と彼女に似た連れ子がいることを。そして、父は血の繋がりのないその子をとても可愛がっているということを……私は知っているのだ。 『血は水よりも濃し』という(ことわざ)があるが、私たち親子には当て嵌まらないということだろう。 「これだけでも、どんなにこの子が不憫な子かお分かりでしょう? でも、それだけじゃないんですよ」 祖母はいつもここでちょっと声を潜める。そうすると相手が耳を傾けるからだ。大部屋女優の頃に学んだのだろう。
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