余命三ヶ月の母

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固い床に足を下ろすたびに、ペタンペタンとスリッパの音が辺りに響く。冷たい音だ。目に映るのは面白味のない白一色の世界。天井も床も、そして、壁さえもだ。 どうしてこうも病院は白だらけなのだろう? だから余計に寒さを感じるのだろうか? 院内の温度は管理室で適温に自動調整されているし、窓からは陽の光が燦々と射し込んでいる。なのに太陽の温もりさえも透明のバリアが遮断しているようだ。冷気が纏わり付く。 ――カーディガンを羽織ってくるべきだった。 アザミは反省の念を抱きながら、迷路のように入り組んだ病院の中を、迷いもせず足を進めていく。 そして、真っ直ぐに伸びた廊下の先にようやく最後の曲がり角が見えると、安堵の息を吐き出した。 目の前の壁にプレートが見える。『←小児病棟』『外科病棟→』そこをいつものように左に折れる。 その先には薄くブルーで色付けされた半透明の自動ドアがある。その手前で立ち止まり、設置されたポンプ式の手指消毒薬をプシュプシュと二押しする。 ヒンヤリとしたその液体を掌に擦り込み、アザミは自動ドアの開閉ボタンをポンと押した――と、一瞬にして変わる景色。 一般病棟と違って小児病棟はカラフルだ。空色の天井には白い雲が浮かび、壁には動物や色とりどりの草花が描かれている。 これらは全て、プロと呼ばれる人たちがボランティアでしてくれたことだと、アザミは看護師に聞いた。
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