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そしてそれを、彼に差し出した。
「いずれ。いずれね、条件が揃う日が来るまで――また一緒に、落ち椿を見てくれる?」
彼はそれを受け取った。安堵の広がるかすかな笑みで。
まるで椿の咲き方のような顔だと私は思った。大切なものを中央に抱えて、守るように、控えめに開く花。
「椿のない季節はどうすりゃいいんだ?」
「それはこれから考えるの!」
未来を考えること。彼との冒険を夢見ること。
そのどちらも、わくわくして楽しくて。
私は彼に、渡した椿を川へ流すよう促した。彼は言う通りにしてくれた。
――流れにのって動き出す椿。時に停滞。時に乱舞。そして……やがては先に進んでいく。
初めて、分かった気がした。
花ごと落ちるということは、独りじゃないってことなんだ。
私の胸から、意味のない寂しさはもうじき消えてなくなるだろう。もう父の夢にうなされて、泣きたくなるような夜もなくなるだろう。
この季節に帰ってきてくれた彼。もう落ち椿は正真正銘、縁起の悪い花じゃない。
私たちにとっての、新しい旅の始まり。
それを教えてくれる、かけがえのない花なのだから――
<完>
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