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そして私は父の眠るような顔を見る。その眉間に、しわが刻まれているように思えた。
――お父さんは怒っているの? 縁起の悪い花を、綺麗と思った私を。
ごめんなさい。夢の中で私はひたすら謝った。
ぐるぐると世界が回る。花だけの椿が乱舞して私の周りを飛ぶ。
そうしていつの間にか椿たちの中央にいるのは自分になって。
私はいつしか、横たわっていた。まるで棺桶に眠るように。花を、周りに敷き詰められて――
うっすらと鼻腔を椿の香りがくすぐっていく。
その香りに包まれたまま、胸の上に組み合わせた手を置くと、すうと心が凪いだ。ああ……
そうだよね。あなたたちだって、縁起が悪いだなんて言われたくないんだよね。
私の椿への愛着は、思えばこの夢を見た日から始まったのだ――
*
私の自宅の近くには小川がある。
その川辺に、数本の椿が植えられている。冬になるころ、たくさんの花をつける。
中学生になった私には、その花が妙に大人びた色気のある花のように思えていた。
――花びら一枚一枚が、美しく口紅をはいた唇のようだ。
完全に開かずにどこか控えめに、器のように咲くところも好きだ。まるで中央の雄しべを守っている母親だ。
けれど――
私が一番好きなのは、椿咲き誇る冬ではなかった。
春――……
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