8人が本棚に入れています
本棚に追加
「―――」
大真面目に私をまっすぐ見るから、私はどぎまぎして目をそらせなかった。
「お前知らなかったろ? 俺、ときどきこっちに帰ってきてたんだよ。そんで、いつもここにいるお前を見てた」
「なっ……!」
大きく目を見開いて私は声を上げる。
そんな。瞬兄が帰ってきてたなんて。ここまで来てくれていたなんて。
――ひどい。どうして、私に声をかけてくれなかったの。
夢ができたからさと、彼は言った。
「夢……?」
「お前と椿を見ているうちにできた夢。でも叶えるには俺には力が足りなかった。だから、声をかけなかった。お前に会う資格がまだないと思って」
「し、資格って」
「お前、言ったよな。落ち椿は樹から逃げたいのかなって」
たしかに、そんなことを言った覚えもある。でもそれが何だというのだろう。
「そのとき思った。お前が落ち椿になりたいなら、俺はそれを受け止める地面か川になる」
「―――」
「お前の帰る家に……なりたいんだ」
雨の名残の滴が、ぽたんと落ちて川に波紋を作った。
椿が揺れる。花ごと揺れる。崩れ落ちない、美しいままの華で。
私はすうと息を吸う。
新鮮な空気が肺を見たし、それから静かに吐き出した。
最初のコメントを投稿しよう!