落ち椿の夢

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「―――」  大真面目に私をまっすぐ見るから、私はどぎまぎして目をそらせなかった。 「お前知らなかったろ? 俺、ときどきこっちに帰ってきてたんだよ。そんで、いつもここにいるお前を見てた」 「なっ……!」  大きく目を見開いて私は声を上げる。  そんな。瞬兄が帰ってきてたなんて。ここまで来てくれていたなんて。  ――ひどい。どうして、私に声をかけてくれなかったの。  夢ができたからさと、彼は言った。 「夢……?」 「お前と椿を見ているうちにできた夢。でも叶えるには俺には力が足りなかった。だから、声をかけなかった。お前に会う資格がまだないと思って」 「し、資格って」 「お前、言ったよな。落ち椿は樹から逃げたいのかなって」  たしかに、そんなことを言った覚えもある。でもそれが何だというのだろう。 「そのとき思った。お前が落ち椿になりたいなら、俺はそれを受け止める地面か川になる」 「―――」 「お前の帰る家に……なりたいんだ」  雨の名残の滴が、ぽたんと落ちて川に波紋を作った。  椿が揺れる。花ごと揺れる。崩れ落ちない、美しいままの華で。  私はすうと息を吸う。  新鮮な空気が肺を見たし、それから静かに吐き出した。     
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