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中学二年生になった四月。私は椿の根元にしゃがみこみ、一人小川を眺めていた。
……流れの緩やかな川面に、いくつもの落ち椿。
椿は散って終わる花ではない。『落ちて』終わる花だ。否――丸ごと下に落ち、しばらくそのまま存在を維持する花だ。
この場所では、椿は水面に落ちる。落ちて、ゆるゆると流れに身を任せる。時に石に引っかかってしばらくそこに留まる花もある。ゆら、ゆら、流れに合わせて揺れる。
流れに身を任すにつれて、花びらが崩れていくこともある。美しく着飾った花がまるで帯を解くように解けていく。あるいは、花の形を保ったまま水と戯れ流れていくものもある。
どれもこれも、私の目を惹きつけてやまない。
小学校のころから、この時期の下校時間、私はいつも一人だ。小川に流れる落ち椿を眺める、そんな趣味を理解してくれる友人など、同年代の子どもにいるはずもなかったから。
ただ、たった一人だけ――
「まーた来てんのか、美穂」
軽薄な声にも、私は振り向かない。水面に揺れる椿を見つめるほうが大切だった。
声の主は、私の無反応にも懲りなかった。ゆっくりと、私の隣にまでやってくる。
「……今日もたくさん、落ちたな」
たぶん他意のない一言なのだろうが、私は何となくむっとした。
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