六 水曜日

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 思考が迷走し始めた時、瓶を持っていた都築さんの手がためらいがちに少し下がった。 「えっと……ご迷惑なら持って帰りま」 「えっ」  ほとんど反射で、追いかけるように手を伸ばす。ハッと我に返れば、都築さんの手ごと瓶を握ってしまっていた。しかも両手でだ。縋り付くほど食べたかったのかと、意地汚い自分が恥ずかしい。  あははと笑って手を離す。ごまかせていないのは分かっているから、居心地悪く背後に手を隠した。 「どうぞ」 「ありがとう、ございます……」  顔を見られなくて、頭を下げたまま手作りおかかを貰い受けた。両手で受け取った瓶は思っていたより軽くて、大きい。  瓶が一回り小さく見えたのは都築さんの手が大きいからか、と思って目で追おうとしたが、時すでに遅かった。 「じゃ、じゃあ! おれはこれで! 失礼しますっ!」  顔を上げると、エレベーターの端に寄っているのか都築さんの姿は隠れてしまっている。きちんとお礼を、と思っている間にドアも閉まってしまった。思い返せば、いつもは真ん中に乗って会釈してくれているのに、どうしたんだろう。  手元に残ったのはガラスの瓶だけ。字面がシンデレラのガラスの靴みたい、と思ったら少しおかしくて、慌てて表情筋を引き締めた。
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