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八 金曜日
「お弁当の卵焼きは甘い派ですか、しょっぱい派ですか、だし巻き派ですか」
「……悩ましいですね」
僕の母はよくも悪くも適当な人で、卵焼きの味付けはその時の気分だった。甘い時もしょっぱい時も、ケチャップがかかっていたり、チーズが入っていたりする時さえあった。形は卵焼きだったが、ほとんどオムレツ扱いだ。
僕は僕で、味付けはどうするか聞かれてもその時の気分で答えていた。いわゆる、板井家の味、というのは存在しないのである。
「そういえば、母がだし巻きを弁当に入れてきたことはない気がするので、だし巻きがお弁当に入っていたら嬉しい、かもしれません」
なぜチーズは入れるくせに、だし巻きは作らなかったんだろう、あの人。
純粋に疑問に思ってしまって、受領書へのサインを書きかけにしたまま数秒固まってしまった。今度帰省した時にでも聞こう、と切り替えて手を動かす。
「出汁は鰹節派ですか? 煮干し派ですか?」
「あんまり、考えたことなかったですね……馴染みがあるのは鰹節でしょうか」
祖母の家には、鰹節用のカンナもあった気がするが、実家ではもっぱらだしの素だ。学生のみならず、忙しい主婦の味方様様である。
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