十一 水曜日

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 都築さんは、書き終えた受領書を差し出す前に攫って、勢いよく頭を下げてから草町くんの隣を早足に帰ってしまった。この逃げられたみたいな感じ、少し前にもあったような。  都築さんの背を数秒見送った草町くんが、僕を振り返って首を傾げる。 「……何かありました?」 「いや、普通に話してたと、思うんだけど」  ふーん、と草町くんは都築さんが去っていった方を見送る。心配そう、という感じではないと思うんだが、草町くんは何かを考えているようだった。  考えがまとまったのか、草町くんが僕を見た。普段からそうだけれど、この子はいつもまっすぐ人を見る。伏せ気味になっていることが多いけれど、大きめの目に正面から見据えられると、案外迫力があった。 「板井さん。都築さんに伝言をお願いできますか」 「伝言? なんて?」 「がんばれ、と」 「う、うん……わかった」  目に見える形への表現が苦手なだけで、感受性は豊かなんだと思う。僕にはわからなかった何かに、草町くんは気づいたんだろう。にしたって、簡素な伝言だ。  私用は済んだ、みたいな顔で食堂を出て行く草町くんの後に続く。昨日とは随分様子が違った都築さんのことも気になるけど、仕事中にそればかり考えているわけにもいかない。  明日は、元気だといいな。事務室に入る直前、視界の端にエレベーターのドアをひっかけて、そんなことを思った。
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