十六 水曜日

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十六 水曜日

「仕事中にする話じゃ、ないんですけど……少しだけ、いいですか?」  昨日のやりとりをお互いに引きずっていたのか、特に会話もなくいつもの作業を終えた時だった。サイン済みの受領書をポケットにしまって、そのまま帰るのかと思っていたのに話しかけられる。  プライベートな話だから、最低限の作業が終わってからってことかな。律儀なことだ。今まで、作業しながら散々おしゃべりしてきたのに。 「おれがハッキリしないから、板井さんを怒らせちゃったのかなって……反省して。いや、あの、自意識過剰かなとも、思ったんですけど」 「……別に、怒ってないですよ」  怒ってないけど、拗ねてるような声が出た。いい歳した大人になったつもりだったのに、こんな声出るんだな。バツが悪くて都築さんの顔が見られない。  視線が合わなくてもやもやし始めたのは僕の方だったはずだ。多分今、顔を上げればちゃんと目が合う。望んでいた状況を目の前にして行動に移せないなんて、本当に拗ねてるみたいじゃないか。  数センチの身長差のせいで、僕が俯けば互いの顔は見られない。都築さんは覗き込まない代わりに、僕以上に冷たい手で僕の左手を取った。 「え?」     
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