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それもほとんどインスタントだ。家庭科の授業以外で、僕は出汁をとったことがない。まだ自炊らしきものをしていた学生時代、粒状のダシの素バンザイ、と割と本気で思っていた。
「聞いてもあまり面白い話ではなかったと思いますが、答えはこんな感じでよろしいですか?」
「えっ? 」
「都築さんの好きな具も聞きたいところですけど……次の配達ありますよね。お引き止めしてすみません」
「あっ、の……!」
僕の顔と手元の受領書、弁当と時計をぐるぐる見回してから、都築さんは緊張感漂う顔を上げた。
「僕も甘い味噌汁好きです! かぼちゃとか大根とか! ま、また明日!」
勢いよく頭を下げて、顔を上げる勢いのまま振り返って早足に去って行ってしまう。数秒ぽかんと呆けてしまったけれど、挨拶くらいはしなくてはと後を追った。
短い廊下の先のエレベーター前に都築さんの背中を見つける。よかった、間に合った。
「都築さん」
「ふぇっ? はい!」
「また、明日」
「う、あ……はい」
「……エレベーター、来ましたよ?」
「わっ、とと……し、失礼しますっ!」
ドアが閉まって、エレベーターの中でお辞儀したままの都築さんが見えなくなるまで見送り、そのまま管理部の自席へ戻る。スリープモードになっていたパソコンを起動していると、向かいから声がかかった。
「板井くん。何かいいことあった?」
「え? 別に、特に何も」
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