五 火曜日

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五 火曜日

「好きなふりかけはなんですか?」  僕の問いに、僕に渡すための受領書をつかんだ都築さんの動きが止まった。パチクリ瞬きしながら僕を見ている。  都築さんは、驚くと色々止まるし、目がくりくりだし、身長は負けてるけど時々反応が幼い。言ったら怒られそうな僕の感想を飲み込んで、言葉を続ける。 「都築さん、普段料理されるんですよね?ふりかけとか買わないのかなって。すみません、完全に興味本位なんですけど」 「あ、いえいえ! 全然! 聞いてもらって大丈夫です! ふりかけ……んー」  姿勢を変えずに考え始めてしまったので、受領書もらいますよ、と声をかけたらわあわあ慌てて謝られた。書き終えて返す頃には考えがまとまったのか、いつもの都築さんだ。 「自分でよく作るのはおかかですかね。たまに昆布とか」 「作る?」 「はい。味噌汁のダシとって残った鰹節とかで。さすがに、のりたまは買いますけど……たまーに食べたくなるんですよねえ。卵のそぼろとはまた違うし」  今度はこちらが驚く番だ。作るっていう発想がなかった。 「そっか、作れるんですね。すごいなあ」 「大したことじゃないですよ。特別難しいわけでもないですし」  本当に特別なことではないと思っているようだけど、僕が子どものようにすごいすごいと感心するから都築さんは少し照れくさそうに笑った。  自席へ戻る道すがら、エレベーター前までの三メートル程を連れだって歩く。 「今度、作ってきましょうか」 「え?」 「ふりかけです。話してたら、なんだか食べたくなってきちゃったので……迷惑でなければ」  迷惑かなんて、こちらのセリフだ。普通であればお願いするべきではない。のだが。  都築さんの顔にどこも気負った様子がないので、理性がぐらぐら揺らぐ。結局は、手作りのふりかけ、という単語への興味が勝った。 「本当に、いいんですか?」 「もちろん! 楽しみにしててくださいね!」  嬉しそうに笑われれば、断らなくてよかったかも、などと思ってしまう。我ながら調子がいい。  いつも以上に元気よく帰っていく都築さんがエレベーターに消えたのを見送ると、未知の味を期待する腹がきゅう、と鳴った。
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