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空のカップを持って、いつものようにコーヒーマシンに向かうと、マシンは警備員の体で隠されていた。
警備員は、カップを持って立ち尽くす私に気付くと、気をきかせてマシンから下がった。
私は、作業をしている人の真後ろに立つことになった。
コーヒーのスイッチを押し、ふとこれは千載一隅のチャンスなのでは?と思う。
私が熱いコーヒーを作業員にかけて、怯んだ隙にATMから現金を持ち出す。
もしこれが計画的な犯行だとしたら、けん銃やスタンガンを持ち込んで…そうすれば容易にコトは為せるだろう。
私は、強盗犯になる。
コーヒーの抽出が終わり、マシンのブザーがなった。
…なんてね。
束の間の妄想を振り払い、私はコーヒーを手にすると気を聞かせてくれた警備員に会釈してコンビニを出た。
出てすぐに、コーヒーを一口飲む。
苦みにほんの少し、頭がクリアになる。
さあ、行くか。
私は会社に向かって歩き出す。誰かにぶつかってコーヒーをこぼしてしまわないようにややゆっくりと。
先ほどの妄想を思い出し、一人で笑う。
強盗はともかく、日常生活なんてふとしたはずみで変わるかもしれないな…。
チャンスの女神には前髪しかないらしい。
見つけたらすぐ捕まえないと、女神はサラリと逃げてしまう。
「おはよう、山崎さん」
「あ、羽田部長。おはようございます」
会社のエレベーターを待っていると、部長に声を掛けられる。
40代で人事部長になった羽田さんは、会社の出世頭だ。ほとんどしゃべったことがないけれど、名前を覚えてもらっていたことが嬉しい。
「そういえば、山崎さんってゲームとかする?」
「え…まあ、人並には」
「じゃあよかった。今度会社のホームページににゲーム的な要素を盛り込んだコンテンツを作ろうと考えているんだ。それでゲーム好きな人を集めて案出しをして欲しいのだけど、社員の趣味なんて外見じゃ分からないだろ。だから、会った人に聞くようにしていて。どうかな?興味ある?」
チャンスの女神は前髪しかない。
「あ…あります!興味あります」
コーヒーを握る手に思わず力が入る。
「そう。じゃあ改めて君の上司を通して打診するから。よろしくね」
「はい」
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