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姉と会ってから二ヶ月が過ぎた頃、初めて姉から連絡があった。
それから何度もやりとりをした。
万が一を考えて情報を照らし合わせていき、書類上でも家族である事が証明された。
そして更に数ヶ月後に、母親にも会った。
狭い病室。
小さなベッドで眠る母親は、痩せ細り、少し青白い肌をしていた。
起きている時は、独り言をぶつぶつ繰り返したかと思うと、呆然とじっとしたまま座っていたりと変化の多い母親。
だけど、俺の顔を見ると笑顔を見せてくれる事もあった。
でも、まともに顔も会わせられなかった。
「おかえり、 タクマさん。
……タクマさん…… タク……マ…… タ……クマ?……タクマ?
……いや! イヤ! やだ!タクマさん!タクマさんっ!」
その笑顔は、俺に向けられたものじゃなかった。
すぐに俺の顔をまじまじと見つめて肩を掴み力強く引き寄せると、混乱してパニックに陥ってしまう。
似ていても……、親子だとしても……、
俺と父さんは別人だから。
息子を産んだという体が覚えている喜ばしい記憶。
最愛の夫が死んだという信じたくない悲しい記憶。
二つの記憶が絡まり、母親を未だに苛めていた。
それでも月に数回、母親のところに通った。
数ヶ月が経ってもまだまだ面と向かうには先は長そうだった。
だけど、幸せだと思える事もあった。
「マ……コト?」
たまにだが、母さんは俺の名前を呼んでくれるようになった。
そして、優しい笑顔を見せてくれる。
俺だけに向けた、母親としての笑顔。
慈愛に満ちた、婆ちゃんのような暖かい眼差し。
それだけで俺は母の愛情を感じる事が出来た。
「タクマ……? タクマ……タクマ」
だけどしばらくすると、母さんは父さんを探し始めてしまう。
「今日はここまでね。今日はもう帰って」
姉さんはそう言って俺を帰らせる。
そうしてさらに数ヶ月後には、毎週の土曜日には母さんと一緒に過ごすようになった。
あと何回帰らされるかわからない。
だけど俺は、構わない。
何年掛かってもいい。
『家族三人で笑い会える日』
その日を夢みて、
俺は今日も南海電鉄で職場へと向かう。
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