(番外編)〈 side.高村 〉私だけの十字架・2

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(番外編)〈 side.高村 〉私だけの十字架・2

晶馬と別れた俺は、しばらくのあいだ手の中の子馬を見ていた。かるく目を瞑り、振り切るようにようやく踵を返すと藤代の旦那が少し離れた所からこっちを見ていた。 (見張ってたのかよ、胸くそ悪い) 「なんすか、あんたが心配するようなことは何もなかったよ。約束どおり俺からは近付いちゃいねえ」 ゆっくりと近づいてきたヤツに過保護かよ、と胸の中で毒づく。 まあ気持ちは分からなくもない。俺はあいつを散々苦しめてきたのだから。 「コレも渡せねぇ。あんたが晶馬にやったものだったけど、」 俺の元にはあいつの存在した証が何ひとつ残っちゃいねえんだ。 「これだけは俺にくれ」 「……ああ。それはお前の番が最後まで握っていた、いわば形見。お前が持つのがふさわしいだろう」 「な、どういうことだ!」 「先日、晶馬の体にお前の(つがい)が現れた。その亡霊(ファントム)は、消える寸前に燃え上がった最後の命の(ともしび)だった。その子はお前に幸せになって欲しいと願いながら、子馬を握ったまま消えていった」 「!」 「彼は消滅してしまった。もう現れることはない」 晶馬…… お前はどこまでバカなんだ。俺はお前に酷い事しかしてないんだよ、お前が苦しんだのも消えたのも俺のせいだろ。何で最後まで俺なんかの心配してるんだ。 ばかやろう、大ばかやろう。 だけど本当のバカは俺だ。どうして、どうして俺はお前にあんな酷いことが出来たんだ! 「うあ、ぁぁぁ……」 ばか晶馬、子馬にいくら願っても、お前がいなけりゃ俺は幸せにはなれないんだよ。 つぐないたい。もう一度会って謝りたい。今度こそ間違えない。俺のつがい。 晶馬。 会いたい。 「償いの機会が欲しいか」 「……え、」 顔を上げると、本心を見極めるような金の瞳が俺を見ていた。 「っ、欲しい!もちろんだ。そのためなら何でもする!」 「では、お前に稀少種の(つがい)を護る権利を与えよう。藤代李玖の(つがい)である日野晶馬を護るがいい」 「それは……。いいのか」 「私はあの子の願いを全て叶えると決めてしまったのだ。お前の晶馬が願い、私の晶馬が子馬を渡してしまったのならば叶えねばなるまい。だがお前は、晶馬がいなければ幸せにはなれない。あの子がお前の幸せを願うのであればこの方法しかない。 これが、お前の(つがい)とお前、私の(つがい)と私、全ての者の願いを叶えるたったひとつでありながら最適な方法。 どうする?世界の全てを相手取ってもこの先あの子に傷ひとつ付けさせない自信があるか?」 「無茶を言う」 そんな自信はない。だがやる。俺はもう、自分の命よりアイツの笑顔の方が大事だ。もしどちらか選ばなければならないとしたら、世界を犠牲にしてもアイツの命を取る。 だが、 「アンタは俺を信用できるのか」 藤代が小さく笑った。 「お前はもう晶馬が嫌がることは出来はしない。それはお前自身が一番分かっている筈だ。それでも私が晶馬を一度死なせたお前を許すことは一生ない。時折マグマのように沸き上がる己れの感情の名前も知っている。だが、晶馬を何よりも優先し護るためなら命すら投げ出せると思っているのは、世界中で私とお前の二人だけなのだ。晶馬の安寧(あんねい)の日々の為なら、私の感情など取るに足らない些末(さまつ)なもの」 その感情とは、憎悪か、嫉妬か。 優雅な最上級の男がクズに嫉妬してるって言うんなら気持ちがいいぜ。 「ひとつだけ聞かせろ。もし俺と晶馬がうまくいっていたらアンタはどうした」 「私がお前の立場になっていただけだ。お前と私はコインの表と裏。晶馬から見える方が表になる、ただそれだけのこと」 晶馬がどちらを選ぶかで表裏が(くつがえ)った。どちらの面にも裏になる可能性はあり、互いに逆の立場になっていたかもしれない。俺が裏になったのはアイツを大切にしなかったからで、自業自得ということか。 「いいぜ、アイツを護る。そして今までどおり俺からはアイツに近付かない。でもそれはアンタに命令されたからじゃない。あいつに闇を見せる必要がないからだ」 光の当たる部分にはコイツが、当たらない部分には俺が。何者であってもアイツに傷を付けることは許さない。 「だが権利を受ける為には、お前は私の元に(くだ)る必要がある。私の命令に従い、責務も負う事になるが、私もお前も真の主人は晶馬だ。我々は愛という見えない鎖で繋がれた奴隷(スレイブ)主人(しょうま)の喜びを願い、主人の安寧に身を捧げる従僕に過ぎない」 晶馬には稀少種も下衆(げす)も関係ない。 アイツの前だと俺たちはラベルを剥がされてただの男になる。主人にその身を捧げ、奉仕に喜びを見い出すただの従僕だ。 稀少種が整った指先を揃えた腕をスッ……と俺の前に出した。 威厳ある仕草で金の目が睥睨する。自然と俺は片肘をつき、忠誠を表す姿勢を取っていた。 厳かな声が宣言した。 「お前に、私の手足となるマキの称号を与える」 こうして、稀少種『藤代李玖』の新たな隠密が誕生した。
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