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だが翌日にはスイッチは増えていた。今度は玄関ドアドンだ。だからそっと扉を開けないと、大変なことになってしまう。僕はどうしたらいいかわからず、とりあえず大家さんに相談したら病院を紹介された。
9月になると転職したばかりの会社で重要な任務を任されるようになり、僕は会社近くのマンションに引っ越した。今は壁ドンスイッチのない生活をしている。
あの騒動は、なんだったのか。今の僕にもわからない。
時々、瓶の中にいるような静寂が恋しくなるけれど。
「春斗、懐かしいね」
となりで笑う桜子とは、三年前の夏、ここ海の見える公園で出逢った。要はナンパだけど、運命の出会いだと思っている。
彼女の視線の先には黒光りした船が佇んでいる。僕はここで今みたいに船を見上げる彼女に声をかけたのだ。
「桜子、これ」
コートのポケットから白い箱を取り出してみせた。記念日でも無いのにどうしたの、と目を見開いて僕を見てくる。そういうワンテンポ遅いというか鈍感なところが桜子らしい。
「結婚しよう、返事は明日ききたい」
明日は僕の誕生日だ。桜子が選んでくれた店で、ディナーを食べることになっている。
彼女はポカンとして動かないので、無理やり指輪の入った箱を彼女のカバンに押し込んだ。
「行くよ! 映画がはじまっちゃう」
彼女の手を引っ張り走りだした。
「ねえ、春斗くん」
立ち止まり、彼女は僕の手をはなした。
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