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それからはスローモーションで時が流れていった。
通りに出たとたん、暴走車が突っ込んできたのだ。
とっさに僕は桜子を守ろうと腕をまわした。だが彼女の方がはやい。僕を車から守るように歩道側から抱きついてくる。車はそのまま僕たちに激突した。
こうやって僕たちは車に轢かれた。桜子の身体で壁ドン状態になった瞬間、僕の音は消滅した。今までおさまっていたスイッチが戻ったのだ。
「桜子」
朦朧とする意識のなか血まみれの桜子の頬に手をふれた。
「桜子、桜子、さくら!」
薄っすらと目が開く。その瞳には安堵の色がみえた。彼女はなにかを言っているようだ。でもききとれない。音がきこえない。
「なに、桜子。どうしたの」
壁ドンスイッチが音を消していて、聞こえない。僕は彼女の体にある壁ドンスイッチを探した。だが血まみれの彼女を乱暴に扱うわけにはいかない。桜子は僕を守ってくれたのだ。死なせる訳にはいかない。結婚して、彼女としあわせな家庭を築くのだ。子どもは5人欲しいと言っていた彼女の希望を叶えるのだ。
桜子はカバンから転がり落ちた指輪に視線を一瞬向けて、僕に何かをささやいた。なに、桜子なに。
彼女は笑っていた。
結婚してくれるの。
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