1 月あかり

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 医者は、無理に目を覚まさせるのは危険だと言っている。  そのまま眠らせておくことだ。  力尽きて、そのうち、暴れなくなる。  但し、舌を噛むといけないから、布を巻いた平たい棒を、口の中に押し込んで……。  ……そのまま放置することなんて、ギルベルトにはできなかった。  強引にクラウスの体を抱き起し、座らせた。  力の入らない体は、すぐにでも、ぐずぐずと崩れそうになる。  自分もベッドに上り、強く抱きしめた。  クラウスの体が、ひどく震えているのがわかる。  「いや! いや!」 叫んで、懸命に逃げようとする。 「大丈夫だ。俺だから。な?」 あやすように言って、強く抱く。  クラウスの目は、固く閉じられたままだった。  青ざめた瞼が、ぴくぴくと動いている。  その瞼に、ギルベルトは口で触れた。  ……彼には、何も見えていない。  ……何も、記憶に残らない。  だから。  ……今だけ、できる。  ……今しかできない。  クラウスの全身から、力が抜けた。 「そうだ、クラウス。いい子だ」 「いい子?」  微かな声が、問いかけた。  力をこめて、ギルベルトは答えた。 「そうだよ。お前はいい子だ、クラウス」  月明かりの中で、クラウスがほほ笑んだような気がした。
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