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「その旅行はね、両親に反対されてたの。『子供だけで危ないだろ』ってさ。私はそれに反発して、家出半分のつもりで参加したんだ」
その結果、旅先で帰らぬ人になったのか。
それは相当悔しいだろうな。
両親はもちろん、アヤメ本人も。
「どうにかして両親に謝りたい。そして、幸せだった事をどうにかして伝えたいんだけど、この状況でしょ?」
アヤメが言う通り、イバラキは隔絶された世界だ。
電話やネットはもちろん、手紙ひとつ出すことはできない。
それらは既に確かめている。
「自分の事ながら、叶わない願いを持ってるなーとは思うよ。理屈じゃわかってるの。でも……」
「気持ちは別って事か」
アヤメがゆっくりと頷く。
晩飯の時の『連れ出してくれる人』っていうのは比喩表現じゃなかった。
恋人を指していたんじゃなくて、イバラキから脱出させてくれる人そのものだったんだ。
アヤメの切実な願いが胸に突き刺さる。
あんなに浮かれきっていた自分をぶっ飛ばしてやりたい。
そして、この異様な世界を生み出した張本人にも腹が立つ。
イバラキを異世界化させた謎の魔術師。
その人物が憎らしくなった。
この状況を生み出した事情はあったんだろうが、全く許せる気がしない。
「アヤメ」
「なぁに?」
力なくテーブルに置かれたその両手。
オレの手よりずっと小さくて、力の籠っていないアヤメの手。
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