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私は一度音楽を捨てた いや、捨てたのではなくて 捨てざるを得なかった 母親が交通事故で片目の視力と両耳の聴力を失った 私の唯一の光であった 父が私を何度も殴り、蹴り 母はそれを全力で守ってくれた 私がピアノを始めて、母に何度も聞かせてあげた その度に母は『プロになれる』『世界で一番うまい』 そういってくれた 私はそんなことないって口に出してたけど うれしくてニヤつきをずっと我慢してた そんな母がずっと空を眺めている 何も聞こえず、片目でしか見えない空を見ている もう、私の指では誰の心も癒せない 演奏会で演奏しても帰ってくる拍手はすべて義務感としなければならないという拍手だけだった だけど母は私の演奏で涙をこぼし、心のこもった温かい拍手をしてくれた その事を思った瞬間、私の中の何かが崩れ始めた 私は必死に崩れた何かを探した 弾いて、弾いて、弾いて ひたすら弾いた 弾き続けていたら私は気づいてしまった 崩れた何かは私の心だった もう、絶対に修復不可のところまで壊れてしまった ピアノを弾くのが飽きてしまった 中三の冬 私はピアノをやめた
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