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水の張ったバケツの水飲み場から顔を上げると、今年は夏が来なかったなと独り言を漏らした。友達も皆も夏が来ないことを、きっと残念に思うだろう。寒い夏だった。日の光は日中、白雲に覆われていた。雨が多い夏だった。気温は30度も上がらなかった。
なんでも、志津の涙雨が降り注いだと言われている。
昔、官女の志津は御所に出入りする修行僧の淡路の小聖を恋い慕うようになった。しかし、言い寄られた小聖は修行大事とばかりに出会うことを拒み、いずこともなく立ち去ってしまった。
二年後。
七宝瀧寺に滞在していると聞いた志津は、犬鳴山に足を向けた。しかし、山は白雲に包まれ先が見えず。やがて、志津は寒さと餓えで死んでしまった。
その後、白雲が掛かると冷たい雨が降るようになった。
それが志津の涙雨と言われている。そんなことが頭を過り、私は何故か身震いをした。
たくさんの人々が飲む柄杓は口移しのし過ぎで、口に運んでもなにも気にも留めなかったが。バケツの中の氷で冷たすぎる水には、辟易していた。
泉佐野駅が見渡せる場所で、針金で釣り下がる数多の提灯を、屋台が列をなしながら、まるで迷路のような店が交差する古びた木の枝のような場所を。いまだに泉佐野市の夏祭りが賑わっていた。
盆踊りを初めて踊ったのは、昨年の暑い夏だった。ただ友達に誘われたからだ。雑多な人前で踊ることは、自分ではうまくいっていたなと思ったが。けれど、友達は終始笑っていたので、少し癪に触る。
今年の一年に一度の夏祭りは町の中で催したようだ。
花火が終わると薫や真由とはぐれてしまった。
私はというと、賑やかな盆踊りの列に夢中になって合わせていると町の端まで来てしまっていた。
「今年も花火を見れなかったな」
あれ程。練習した盆踊りを、友達に笑われないようにと。
祭りも終わりに近づいた瞬間。帰路に着く人や、未だに賑やかな踊り子。今になって上を見上げる子供たち。
寝ない祭りが終わると私も家に向かった。
「ねえ、キミ」
人混みの中、声を掛けられた。
振り返ってみると、同じ年頃の少年が呼吸を荒くしながら、ヘラヘラと笑っていた。
「この近くにコンビニってある?」
学生服姿のその彼は。いつもへらへらと笑っているようにも見える。
「あっち」
私はコンビニの方を指さした。
その方向は、町の東側。丁度、月が白く浮かんでいるところだった。
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