寒い夏の終わりに

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「あんた。誰だ! 玉西の彼女か?! 悪かった! 早くあいつと変わってくれよ!」  切羽詰った。この見当違いの声を聞いていると。ああ、そうかと思った。 「さっきの茶髪の男ね! 私、嘘じゃなくて、本当のことを言ったから!」 「ええ! 何を言ったんだ!」 「コンビニにいるって!」 「……」  あの茶髪が少し静かになった。その時。むかしむかしのことが頭の中に、過ってきたような? 「なあ、あんた。俺のことなんで? ああっー!! あの時の!」 「ふふん」  私は鼻歌まじりに余裕を見せると。相手は急に予想もしなかったことを言った。  受話器越しから、聞こえてくる次の言葉に私は更に苛立った。 「頼む! 結婚してくれ! 俺の名は! 聖次だ!」 「はあ?」 「一度。見たときから好きになってたんだ。その浴衣姿がグッドだ!」 「はあ?」  電話が切れると、私は唖然としていた。  何故か胸がムカムカしてきた。  しばらく、じっとしていると、隣におじさんが佇んでいた。「顔が真っ赤だぞ」と冷やかしていた。頭に血が上った私は履歴からリダイヤルした。 「あんた何よ!」 「あ! いてて!」  受話器越しからは、木刀みたいなもので何度も殴る音と聖次の呻く声が漏れ出していた。 「ちょっと、待ってて!」  私は町の東側のコンビニまで駆けだしていた。    暗闇と雑木林が覆う枝葉に浴衣が何度も裂けてきた。  サンダルも片方どこかへと蹴飛ばした。  私は無我夢中で走っていたのかも知れない。  気が付くと、大勢の人だかりの真ん中へ。学生服の男子たちを掻き分けボロボロの恰好で駆け込んでいた。  アスファルトの上の聖次の体を庇うかのように、覆い被さると、学生服の男子たちは角棒を振り上げた。  青い痣ででこぼこの聖次の顔を覗くと、聖次はへらへらと笑っていた。  私も背中に痣ができるほどの衝撃を受けた。 「ああ、キミか。来てくれたんだ。俺と結婚してくれるよな?」 「なんで?」  救急車のサイレンが鳴り響いて。次第に人だかりが皆、道路へと顔が向きだした。  一通り角棒の打撃がおさまると、学生服の男子たちは静かに帰って行った。 「なあ、名前なんて言うの?」 「志津子……よ」  私のクシャクシャな泣き顔に向かって、いまだに聖次は笑っていた。  へらへらと……。    
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