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そしてあの夏の日、僕は君に思い切って声をかけた。何度か君と話したことはあったのに、ひどく緊張したのを今も覚えているよ。
君は君は僕に微笑みを返し、高校進学後の話をした。
中高一貫の内部進学だからとのんきに構えている僕と違って君は真剣に将来のことを考えていた。
チェロは続けないのかと僕が聞くと、君は「音楽で生きていける人間は少ない」とだけ言った。そして、少し悲しげに視線をさげたんだ。
僕は空気を換えたくて、チェロのどこが好きなのかと聞いた。
君はぱっと表情を変えて、あの優しい音色だと答えた。
ヴァイオリンより低く、コントラバスより高いあの音は程よい安心感を与えるのだと。
たとえるなら社会の向先生みたいだと冗談を言っていたね――。
でもそんな君が、時々とても気持ちをせかす曲を奏でているのを僕は知っていた。
あの曲はなんというタイトルなのか――あの時僕は、君にはどうしても聞けなかった。
ああ、不思議だ。今こんな時もあの曲が聞きたくなるなんて。
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