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プロローグ
体力には自信がある方だが、もうそろそろで限界だった。
僕は、先輩の佐渡山まなみを肩車していた。
彼女の太ももの暖かさが首の後ろで感じられた。
「すごい」とまなみが小声でつぶやいた。
「……」
突然、「わっ」と小さく叫んで、まなみが身体のバランスを崩した。
気がつくと、彼女を抱きかかえる形で地面に崩れてしまっていた。
まなみの甘酸っぱい香りがした。
宵闇の公衆便所から、
硬いタイルを踏みつけるような革靴の足音が聞こえて来た。
コツコツ、コツコツ……。
「磯丸。逃げるよ」
「ごめんなさい、足が言う事を聞きません」
「馬鹿、殺されてしまうよ」
音が止まった。
青白い蛍光灯の光が洩れた公衆便所の入り口は、その影を四角く照らしていた。
遠くてはっきりとは見えないが、そこから、こちら側を覗き見るようにしている顔があった。
「あいつが来る」
喪服のような黒い服、大きな白いマスクのを被った顔にキツネ目の男が、片手に、刃の大きなハサミを握りしめてこちらに向かって来る。彼は、僕たちに向かって、
「お前ら、週刊誌の記者か?」とハサミを振り上げた。
「に、逃げるよ、磯丸!」とまなみが叫んだ。
男は興奮で血走った目を大きく見開きながら、ゆっくりと近づいて来る。
この状況で逃げるのは、どう考えても、もう、手遅れだった───。
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