『目から鱗』

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『目から鱗』

 ここは独さんの職場。窓の外は既に日も落ち、夕闇が辺りを包んでいた。広いフロアには定時を過ぎたというのに、各課に数名、残業している職員の姿がちらほらと見える。  独さんの所属するセクションでも、課長以下全員がまだ帰り支度もせずに、机の上で書類の山を広げていた。  先日スノボで怪我をした後輩の包帯を見て、女子職員のB子が気の毒そうに言葉をかける。 「ねぇねぇ? A君、左手怪我しちゃってるけど、歯磨き大変じゃない?」 「へ? 僕、左利きじゃありませんから、特に不便はないですよ。あぁ、歯磨き粉をブラシに付ける時ですか?」 「違うわよ。片手だと反対側の歯が磨けないじゃない」 「え? B子先輩、両手で歯磨きするんですか?」  ちょっと抜けている所があるA君が、歯ブラシに見立てたボールペンを両手でしっかりサポートしながら歯を磨く真似をする。 「あははっ。野球のバットじゃあるまいし。そんな訳ないでしょ? 右手で磨く時は、左側の歯。そして左手に持ち替えてから、反対の右側の歯を磨くの。歯医者さんで習わなかった?」 ――ぼとぼとぼとぼと――  二人の会話を隣で聞いていた独さんの目から、一斉に鱗が落ちていく。     
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