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「首に腕を回して、閉じてて。目を開けっ放しにすると目が回っちゃうかも知れないからね」
「はい……っ」
和兎は言われた通りにする。
するとぎゅっと抱きついている犬の筋肉が大きく躍動するのを感じた。
走っているのだと分かった。
風が少年の顔に吹きつけ、前髪を揺らす。
やがてふっと風が無くなる。
「もう良いよー」
和兎は目を開ける。
そこは視界が開け、澄んだ川が流れている。
「下りて」
「あ、ありがとうございます」
犬は身体を下げ、和兎が下りやすいようにしてくれた。
「泣いて喉が渇いちゃったでしょ。ここの水を飲みなよ。おいしいよっ」
「は、はい」
しかし川の水を飲むのは初めてのことだ。
家では水道の水さえ汚れていると母親に飲ましてはもらえず、いつもウォーターサーバーから摂るのがもっぱらだった。
川辺で膝を折ってもなかなか勇気が出ず、振り返る。
「どうしたの」
「あの……」
「あ、人はあんまりこういうところで飲まないのかな。毒なんてないから安心して」
犬は和兎と並ぶと頭を下げ、ぺろぺろと水面をすくいあげるように舌を動かし、おいしそうに水を飲んだ。
和兎はごくっと唾を飲み込む。
「ほら。ちゃんと飲めるでしょう?」
和兎は水を手の平ですくって飲んだ。
それは冷蔵庫もないのにひんやりと冷たく、カラカラに乾いていた身体に涼やかに染み入った。
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