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プロローグ
立春の頃を過ぎても尚、雪が降り積もるドイツのゲッティンゲン。
この街で私は今、結婚したばかりの夫と共に、19世紀最高の数学者、ガウスの墓の前に居る。
2メートルはあろうかという大きな十字架のような白い大理石の墓石。それは雪原の中でも圧倒的な存在感を放っていて、まるで、数学界のガウスそのものを表すようだ。
中心にはガウスの横顔のレリーフ、その下に氏名と生まれた年月、亡くなった年月が刻まれている。
夫は込み上げるものがあったのだろう。
黒いピーコートのポケットに手を突っ込み、グレーのマフラーに顔を埋めながら
「やっと来れた」
と感慨深げに呟いた。
近所の花屋で買ったブーケを手向け、黙祷する。
隣には墓石のレリーフをじっと見つめる横顔。
そこからは墓の下に眠る偉大な数学者に対しての崇拝にも似た尊敬の念を感じ取れる。
随分と長い間、そんな彼を見つめていたのかも知れない。
私の視線に気付いたらしく、
「ゴメン、寒いな。雪も降ってきたし、そろそろ行こか」
と、こちらを向き、口角を少し上げてみせてきた。
「ううん、滅多に来られないんだもん。もう少し居ようよ」
そう言うと、夫は嬉しそうに頷く。
そして、ガウスの墓に向かって、もう一度黙祷を捧げ始めた。
そんな夫を横目に、私は彼と出会った日から今日までの事を思い起こしていた。
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