ピタリ賞

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 昼になり、俺は職場を出た。  飯の調達ほど気の滅入るものはない。職場近くにある店は小さなコンビニ一軒きりで、毎日のように利用しているせいでどのメニューにも飽きてしまった。金額を考えなければ多少は選択の自由が生まれるのだろうが、非正規雇用社員の俺の懐事情は常に逼迫しており、必ず五〇〇円以下のものを買うというルールを定めている。  最近は頼みもしないのに物価が上がっているらしく、腹が膨れる組み合わせを考えるだけで無駄に脳を使う。加えてこのコンビニの商品開発担当者とは味覚の趣向が著しく合わず、何でもかんでも「ピリ辛風」に味付けし、野菜の存在を一切無視し、薄くスライスされた肉だけが敷き詰められた弁当を何度も名前を変えて「新商品!」と白々しいシールを貼って主張する神経が全く理解できない。しかも新商品になる度に容器の上げ底は増し、内容量が少なくなっている。  これほど食に対して憤懣を溜め込むのならば自炊をしようじゃないかと思い立った事もあったが、帰って睡眠を取るのが精一杯で、優雅に弁当を作る余裕など自分には微塵もなかったとすぐに諦めた。  せめて前日の夜に別の店で買っておくという手段も考えたが、俺が帰る頃にはコンビニ以外の店は全て閉まっていると気づき、この計画も頓挫した。  こうして毎日のように荒んだ心で財布を握り、俺はコンビニへ向かうのだが、たった一つだけ慰めもあった。  昼時で混みあうコンビニ内に明るく響く、「お次にお待ちのお客様、どうぞ!」の声。「すえひろ」という名札を付けたその店員の女性は、俺の顔を見ると「こんにちは、いつもありがとうございます」とはにかんだ笑顔を向けてくれる。そしてレジ袋を差し出して「また、お待ちしております」と欠かさずに言うのだ。ポニーテイルの長い髪が丁寧なお辞儀と共に揺れるのを眺めつつ、俺はさほど浮かれた脳味噌を持っている訳ではないので、彼女は誰にでも愛想が良いのだと最初は思っていた。  だがある日、俺と同じく頻繁にコンビニを利用する同僚が会計をしている場に出くわした。すえひろさんは「こんにちは」と挨拶はしたが、他の台詞を口にしなかった。それに気づいてからというもの、すえひろさんのレジに呼ばれて挨拶を交わせる幸せを手放しに俺は噛みしめるようになった。結局、俺はちょろいのだ。
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