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殺し屋稼業を始めて、もう二十年近くなる。若かった頃は、何も怖くなかった。地獄に逝くことすら、恐れてはいなかった。
しかし、今は……。
「今夜は、月が綺麗だね」
不意に、後ろから声がした。
多助はびくりとなる。誰の声かは確かめるまでもない。目をつむり、ゆっくりとした動きで振り返る。
「お前、何しに来たんだよ」
「目の視えないあんたを、こんな夜中に一人で野放しにしとけないだろ? 妖怪に食われちまうかもしれないし、追い剥ぎに襲われるかもしれない」
お松がそう言った直後、足元から、みい……という声がした。見ると、生まれたばかりの仔猫だ。震えながら、お松のそばによちよち歩いて来る。
「おやおや、可愛い追い剥ぎさんだこと」
お松はしゃがみこむと、仔猫を抱き上げる。
「あんたも、親を無くしたのかい。だったら、あたしたちと暮らそう」
「おいおい、そいつを飼おうってのか? 俺たちは殺し屋なんだぜ」
多助は、呆れたような声を出した。
「殺し屋が猫を飼っちゃいけない、なんて掟はないだろ。それに、命を奪うだけがあたしたちの役目じゃないはずだよ」
静かな口調で、お松は言葉を返す。多助は思わず顔をしかめた。
「そうかい。勝手にしろ」
「ああ、勝手にさせてもらうから。見なよ、この可愛い顔」
言いながら、お松は仔猫を抱き上げた。
「馬鹿野郎、俺には視えないんだよ。先に帰るぜ」
不貞腐れたように言って、多助は歩き出した。
お松は仔猫を撫でながら、一人呟く。
「いつまで続けるんだろうねえ……あんな、下手くそな三文芝居を。お前も、そう思うだろ?」
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