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その侍は、ひどく苛立っていた。
今夜は、いつにも増して異常なまでの血のたぎりと、体の疼きを感じる。このままでは、どうにも眠れそうにない。そのため、提灯を片手に外に出て来たのだ。
侍は提灯を高く掲げ、血走った目で辺りを見回す。今は丑の刻であり、人通りはほとんどない。したがって、侍の目当てのものも見つかりそうにない。そんなことは、百も承知のはずだった。
しかし、侍の体を突き動かしているものは、理性では御しきれぬものだ。これは、もはや病としか言い様がない。侍は取り憑かれたような表情で歩き出した。
前から、一人の男が歩いてくる。坊主頭にみすぼらしい着物姿だ。杖を突きながら、ゆっくりと慎重に歩いている。察するに、揉み療治か何かを営んでいる盲人であろうか。盲人なら、昼も夜も同じことなのだろう。
そして盲人であるのなら……万が一、仕損じたとしても顔を覚えられる心配もない。
侍は近づいていき、鋭い声を発した。
「そこの坊主、ちょっと止まってもらおうか」
「へっ? あっしに何か御用ですかい」
そう言うと、坊主は立ち止まった。暗がりのせいで、顔はよく見えない。だが声の調子からして、こちらを警戒している雰囲気は感じられない。
その様子を見た侍は、残忍な笑みを浮かべる。一太刀で終わるだろう。正直、獲物としては物足りないが仕方ない。
「冥土の土産に、一つ教えてやる。俺の名は徳田新之助、奥山新陰流の免許皆伝だ。俺の剣であの世に逝けることを、誇りに思うがいい!」
言うと同時に、徳田は腰の刀を抜いた。
その時、落雷のような音が辺りに響く――
直後、徳田の胸を何かが貫いていた。
「ぐ……」
胸の一部を、抉り取られるような激痛が走る。しかし徳田は、その痛みを必死でこらえながら周囲を見回した。
すると、二間ほどの距離(約三・六メートル)の先に、奇妙な出で立ちの者が立っていた。頭に編み笠を被り、さらに手拭いで顔を隠している。
一応、女の着物を身に付けてはいるが、女かどうかも判断がつかない。手には、黒焦げになった竹の筒のような物を握りしめている。いつの間に接近していたのか。
「この……」
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