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多助の何気ない問いに、お松は頷いた。
「うん、二間が限度だね。火薬を増やせば、こっちまで吹っ飛んじまう……あたしまで地獄逝きだよ。面の方は、これ以上は崩れようがないけどさ」
そう言って、お松は自嘲の笑みを洩らす。
お松の使う武器は、竹製の火縄銃である。だが射程距離は二間までだ。しかも一発撃つと、竹製ゆえ銃身が砕けてしまう。
そのため、お松が仕事を行なう場合……標的となる相手に二間の距離まで近づき、分厚い毛皮の手袋をはめて銃を構え、一発で仕留めなくてはならない。
もっとも、お松の銃の腕は確かである。あの徳田にしても、その気になれば一発で仕留めることは出来たのだ。
それをしなかったのは、多助の意思だった。
(野郎には、刀の痛さを思い知らせてやりてえんだ。止めは俺が刺す)
「あんた、飯食うかい?」
「ああ」
多助の返事を聞き、お松は茶碗にご飯をよそる。さらに、干した魚や漬物などを添えた。
「お松よう、たまには一緒に、御天道様の下を歩かねえか?」
飯を食べ終わった後、多助はそんな言葉をかけた。だが、お松は即座に言葉を返す。
「嫌だね」
にべもない返事に、多助は顔をしかめた。
「俺は目が見えないけど、御天道様ってのはいいもんだって分かる。体がぽかぽかして、暖かくなるんだよ。なあ、たまには昼間に表に出ようぜ」
「あんたにあたしの顔が見えていたら、そんなことは絶対に言わないよ。それどころか、昼間あたしと出歩こうなんて考えもしないさ……」
お松の声の奥には、深い怒りと悲しみがあった。多助は狼狽えながらも、言葉を続ける。
「いや、でも顔を隠せばさ――」
「あんたに分かるかい? 餓鬼に化け物って言われて、石投げられる気持ちが? あたしは嫌なんだよ……外を歩くのが……」
「少しは分かるつもりだ。俺も、たまに餓鬼に石を投げられるからな」
言いながら、多助はお松の肩を叩く。
「すまなかったな。だったら、夜の散歩と洒落込もうや。今夜は月が綺麗だぜ」
言った直後、多助は思わず口元を歪める。今の言葉は、明らかにおかしな点がある。お松は気づいただろうか?
だが、お松は彼のへまに気づかなかったらしい。
「そう。だったら、今夜は久しぶりに出てみようかね」
お松は立ち上がり、顔に布を巻いた。
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