2人が本棚に入れています
本棚に追加
手押し相撲
『今から手押し相撲をしてもらう。君達も一度はしたことがあるだろう。
しかし、ただの手押し相撲ではないよ。
隣の部屋に移動してくれ。』
エレベーターの扉が開くと、暗い全面黒の壁紙で覆われた立方体の部屋があった。
窓一つない。
電球もないが、不思議なことに顔が見える程度は明るい。
風の通る音で部屋の隙間がわかると聞いたことがある。しかし、なんの音もしない。
仕掛けもない。
まさか、なんの変哲もない部屋に移動させられたのか。
訳もわからず皆、怪しみながら部屋に移動した。
『諸君、移動したようだね。
気を取り直して説明といこう。
二人ずつくじで決めてもらおう。
あらかじめ君達が電車の遅刻切符を貰ったはずだ。その裏に番号を書いておいた。』
『ひぃ、なんで。どうして私がわかったの』
飯田さんが床に座りこんだ。
「どうしたんですか。しっかりして下さい。ちょっと見せて頂けますか。」
俺は飯田さんの手に握られていた遅刻の切符を貸してもらった。
そこには、
飯田雛子 21歳 独身彼氏持ち
朝に、お手製スムージーを作る。
美意識は高い。しかし、女子力は無し。
佐藤京介と対戦
まるで、俺達の日常を監視していたような。
一人一人を並べるとこうだ。
大橋賢一 54歳 妻と子供あり
最近、中年太りを気にしている。
奥さんに「貴方、またそんなに食べて。運動なんか一つもしてないのに。もう少し控えなさいよ」と毎朝怒られている。
鹿野千恵と対戦
山寺悠 15歳 彼女経験無し
運動神経が非常に良い。
チャラチャラしてると見られる。
浜中郁恵と対戦
浜中郁恵 38歳 夫のみ
夜の営みをねだる癖がある。
山寺悠と対戦
さすがに二行目を見て、全員赤面した。
人間らしいっちゃあらしいけど。
鹿野千恵 18歳 現在彼氏無し
無自覚の男たらし
無自覚な行動に勘違いした男が集まる
大橋賢一と対戦
ひどい言われようだ。
鹿野の横顔を覗き見たが、別段気にしている様子はない。
勘違いしたのは俺の方だった。
勘違いは幼稚園の頃から始まっていた。
そして、最後に俺。
佐藤京介 18歳 彼女無し
なんか、地味。
しかし、モテない訳ではない。
飯田雛子と対戦
地味ですか。悪かったな。
少し褒められている気もする。
『全員確認したようだね。
さて、プレイヤーはエレベーターに戻って。1番は浜中と山寺。』
二人は中に戻った。
『逃げられないように、扉は閉めるよ。
The door close!!3・2・1』
唖然としている間に扉が閉まった。
二人はエレベーターの中に閉じ込められた。
残りの三人と俺がいる部屋の天井のモニターは消え壁にモニターが出てきた。
『おい、助けてくれ。どーなるんだ俺は。』
中で山寺が叫んでいる。
『とにかく、落ち着いて。
手押し相撲をすればいいだけの話でしょ。』
相変わらず浜中は冷静に答えた。
『楽しく観戦しましょう。
そうそう、言い忘れてた。
壁が全て100度まで上がる。
触れたらどうなるかわかるよね。
対戦し終わればこちらが開く。』
『ふっざけんな。そんなことしていいと思ってんのか。
いくら、番組でもこんなの国が許す訳ねぇ。』
山寺が怒り狂っている。
俺達の降りた反対側の扉が開いた。
『終わった人から新しい部屋に案内するよ。
こちらの控え室の天井が下がってきます。
制限時間は90分だよ。
それまでに皆が終わらなかったら、最後のペアの佐藤と飯田は少なくともぺしゃんこだね。
必ず勝敗をつけてね、じゃあバイバーイ。』
ゴゴゴという地響きがして、天井が下がってきた。
1時間以内に三ペアを終らせる。
これは楽勝じゃないか。
でも、実質は三メートルの天井が1時間で下がってくるとすると、一分で5センチずつ下がってくる。
1番背の高い俺が三角座りをするのに、一メートル必要とすると残りは40分しかない。
もうすでに五分が経過した。
頼むから急いでくれ。
単純計画で、寝そべっても残り五分までしかもたない。
それ以降は考えたくもないが、ゆっくりゆっくりと押し潰され、息ができなくなり、体液が染みだして、最後には内臓が飛び出て形を保てず肉片になる。
生まれて初めてこんなにゾッとした。
足がガクガクしてきた。
二人は床の足を置く表示を見て態勢を整えた。
手を伸ばして調度くらいの距離だ。
『…やるしかねぇ。』
『そうね、私達がぐずつくと後ろの人達に悪いもの。穏便に済ませましょう。
おばさんに手加減して頂戴ね。山寺くんだっけ?』
『くっ…うるせぇ。
お前は俺のくそババアにそっくりだよ。
それに、くそ教師にもな。』
『ん?どうしたの。なんでも言ってごらん』
『いちいちうぜぇんだよ。
周りの人の目を気にしていい人ぶってよぉ。
猫撫で声で人の夫や先生に近づいて。
自分の校長昇格が気になるから俺のような問題児の面倒見るの嫌だって。
お前達のような汚い大人なんて大嫌いだ。』
『中学生だもの、ただの反抗期ね。ふふ』
浜中さんが頬を緩めた隙に山寺は手を伸ばし、おもいっきり叩いた。
『フライング無しとは聞いてねぇよ。』
あれほど冷静であった浜中さんは驚き、口を開けたままだった。
元々勝算があったに違いない。
さもなくば、力の差で負けてる男子高校生を前にして余裕ではいられない。
よろめき、手を後ろの壁についた。
途端に顔色が変わった。
『いゃぁっ、あっぁー。』
声にならない声が上がる。
反射で一秒も触れなかったが、100度の壁に一瞬でも触れたのだ。
余程良いモニターなんだろう。
痛々しい手の平が鮮明に映る。
『鹿野っ、見んな。』
咄嗟にモニターと鹿野の前に立ち塞がる。
『京…ちゃん?何があったの』
俺には答えられない。
焼けただれた手の平は皮がズルりとむけ、中の肉が見えていた。
『おっ疲れーい。勝負はついたね
いやはや、見物だったね。
さぁさ、浜中と山寺はこちらの部屋で手当と休憩だ。
おっと、山寺は予想に反して無傷かい。
まぁ、いいや。
お次は、鹿野と大橋の出番だ。
いい試合を見せてくれよ。』
能天気なスピーカーから聞こえる声を睨みつけた
最初のコメントを投稿しよう!