手押し相撲

2/3
前へ
/8ページ
次へ
鹿野は戸惑いを隠せないで中に入った。 『京ちゃん。』 今にも泣きそうだ。そんな目で俺を見ないでくれ。 『絶対に無事で待っててな。俺もすぐにいくから』 鹿野は頷くと扉が閉まった。 大橋が鹿野に耳打ちしている。 『おい、お嬢さん。 ここは穏便に逃げよう。 俺達が闘っても意味ないやろ? な、せやろ。時には逃げるが勝ちやで。』  そして、最初の二人が出て行った側の扉が開きっぱなしになっているのに気がついた。 『じゃあ、俺はここで逃げるわ。 後の二人さん頑張ってな。堪忍やで。』  そして一歩踏み出し、革靴のつま先が扉の向こうに出た瞬間火花が散った。 『なんや、靴の先が切れたっ。 レーザーが通っとる。』 おじさんは尻餅をついた。 『そうそう、言うのを忘れていたね。 レーザーが通っているからくれぐれも馬鹿なことはしないように。死にたくなかったらな。 壁の温度は88度まであがっているぞ。あと少しだ』 スピーカーからノイズ音がして、すぐに音は切れた。 『京ちゃん。怖いよぉ。助けて。』 涙をボロボロこぼしながらうずくまっている。 俺の声は届かない。壁隔てて向こうにいるのに。 腰が抜けて、隣に倒れこんでいる大橋がニヤリと笑った。 『しゃあないなぁ。 死ぬ前にやりたいことあったんやった。』 大橋は振り返り今までで1番の笑顔を見せた。 『どうしたんですか、大橋さん。私、私っ。怖い。』 『そうか、そうか。 レーザーめっちゃ怖かったなぁ。 でも、すぐに怖く無くなるでぇ。』 彼女の肩に手をかけた。 そして、床に抑えつけた。 『やっ、やめろ。 何する気や。鹿野から手を離せ』 聞こえる訳もない。 『ずっと前から女子高生ってどんなんやろうって思ってたんや。 こんなええシュチュエーション一生ないわ。 一生ゆうても、今日今までの罰を全部受ける。 だから、許して。』 涙をボロボロこぼす鹿野に関係なく、馬乗りになり無理矢理脱がしていく。 リボンを取り、カッターシャツのボタンを開けて。 俺は見てられなかった。 一般的な男子高校生なら幼なじみの下着姿を見たら興奮するだろう。  俺のこの状態では悲痛でそれどころじゃ。 『鹿野聞こえるか。 大橋。あと、三秒以内に手を離せ。 さもないと、次に会ったとき死ぬほどぶん殴ってやる。』 鉄のエレベーターの中の音さえ聞こえない。 壁をドンドン殴ってもびくともしない。 『ピンクの花柄のブラとか可愛ええな。 下は白か。清楚で宜しい。 後は胸がどれだけの大きさがあるかやな。 やば、俺のめっちゃ熱くなってきた。』 『嫌っ…やめて。やだ、やだ』 大橋が、鹿野の下着に手をかけた時。 鹿野がすごい勢いで振り払った。 『何すんのやっ…』 大橋は振り払われた勢いで後ろに下がって倒れこんだ。 その時、大橋の頭が扉の向こうに出た。 あいつは目を見開いた。恐怖に怯えた目をして。 俺はモニターから目を離せなかった。 一秒後、鹿野の悲鳴が聞こえた。 耳をつんざくような高い音で。 「ぎゃー」でも「わー」でもないような。 画面の中、左端には鹿野が手で顔を覆っている。右端には、首のない大橋の身体が横たわっていた。 手足の先がまだプルプルと痙攣している。 溢れ出る鮮血がエレベーターの中に流れこんでいる。 生臭いにおいの錯覚を覚えた。 鹿野は鮮血を頭から浴びて髪が赤く染まっている。 ぽたぽたと壁に飛び散る血が床に落ちる音までモニター越しにはっきりと聞こえるのだ。   俺だって怖いし隣の飯田さんも怯えている、向こうの部屋に行った山寺と浜中さんは直に見ているんだ。 でも、何より1番怖かったのは鹿野だろう。 一メートルもない近さで、先程まで話していた男の無残な姿を見て混乱しないわけない。 対戦をしなかったら鹿野は死ぬのだろうか。 頭に最悪の展開が回った。 『うぐっ…ひっう。 け、京ちゃん。助けて。』   泣いている鹿野に俺は何もしてあげられない。 天井から声がきこえる。 『ちぇ、途中放棄かよ。面白くねぇの。 もっと楽しませて欲しかったなー。 大橋が脱落の為、鹿野は次の部屋へどうぞ。 大橋の片付けはこちらでやっておくから。』 ガコンと天井が開き、マジックハンドみたいなものが大橋の遺体を掴み上に戻った。 壁から出てきたロボットが床をモップで拭く。 白い新品だったモップがあっという間に赤く染まる。 『いけないですねぇ。こんなに汚して。 床の表示が全く見えないじゃないか。』 ロボットは文句を言いながら片付けた。 『鹿野は早く移動しろ。』 その声にびくりと肩を震わせた鹿野は顔をあげ、元に戻ったエレベーターの様子に困惑しつつ出て行った。 『大橋はエレベーターに首が挟まり事故死として遺族に送るよ。最後は佐藤と飯田come on!!』 こいつは人の死をなんとも思わないんだ。 俺は唇を噛みエレベーターに入った。        
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加