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1.栄坂-琥太郎
榊琥太郎(さかきこたろう)、15歳。
僕はこの春、幼馴染と新天地・栄坂市(えいさかし)で高校生活の幕を開ける。
僕は栄坂駅のホームのど真ん中で大きく息を吸った。
この町で下宿生活を送るんだと思うと、一刻も早く新しい空気を自分のものにしたかった。
都会と比べると緑が多い栄坂の空気は澄んでいておいしい。とてもじゃないけど東京のど真ん中でこの空気は吸えないだろう。
「またやってる」
僕の3歩先から振り返って笑顔を見せる彼女に、僕もつられて笑顔になる。
「空気が美味しいなって思って」
「新しいところに行くとどこでもそれやるね」
「その地特有の空気の味があるから面白いんだよ。ワクワクするでしょ」
「好奇心旺盛なわんちゃんみたい」
くすくすと笑う彼女に僕は本心とは逆に少し拗ねた。
わんちゃんみたいってなんだよ。いつもそう言うけど、僕は犬じゃない。
すると彼女はいつも決まってごめんね、と僕の肩を軽く叩くのだ。それだけですべてを許しちゃうんだから僕は相当ちょろい。
誰もいないホームで僕らはガラガラと大きいキャリーケースを引きながらふざけあう。小さなことだけど、僕はそれが幸せだった。
栄坂市は市全体が学園都市になっている、進学校ばかりが集まった地域だ。
さっきから僕の先を歩いている幼馴染、美村華(みむらはな)は秀才で、難関校・白星(しらほし)高校に推薦入試で入れたけれど、凡才である僕は大変に苦労した。
唯一得意科目と言い張れるのは体育ぐらいだったから、それはもう死にものぐるいで勉強してなんとかギリギリで受かった。あの受かった時の喜びは未だに忘れられない。もう二度とあんなに勉強したくないと、強く強く強く思った。
なんでそこまでして白星に行きたかったかというと、僕は小学生の頃から一緒に過ごしてきた華と離れたくなかった。もはや彼女に縋っていると言われても仕方ない。
だから人生で一番勉強した。華と同じ高校に行くために。
「それにしてもこたが白星とはね」
改札を出てすぐにある案内板を二人で眺めていると、ふと華がつぶやいた。
華は僕のことを下の名前から取って『こた』と呼ぶ。自分でも気に入ってるあだ名だ。
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