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「この間の遊園地、すごかったですね。ん~いま思い出しても興奮しちゃいますよ」
「絶叫ばかりだったけど……」
「ああいうのは慣れです、慣れ。先輩もたくさん乗れば楽しくなりますって」
「か、考えておくよ」
シフト前の時間。
少年は少女と雑談に興じるのが日課になっていた。
「またどこかいきたいな」
「じゃあ次の休みを併せて出かけようか」
「絶対ですよ? 約束ですからね?」
「もちろん」
かしましくはしゃぐ少女に少年は頬を緩めた。
「あ、もうこんな時間」
「ここはいいから、着替えてきなよ」
「はい先輩」
軽く会釈をすると、少女はスタッフルームに足を運ぶ。
「ふぅ」
(店長に頼んでよかった。代償を支払う覚悟はしてたけど、幸いなんにもなかったし)
いまの心地よい生活に酔いしれ、少年はまぶたを閉じたまま深く息を吸う。
この先も続いていくんだと、根拠のない自信が胸中に溢れてきた。
「先輩、おまちどおさまでした」
「おっと、準備出来た?」
「はい。名残惜しいですけど、お先に失礼しますね」
「うん。また明日」
幸せそうに手を振り合う。少女は上機嫌で帰っていった。
「よし」
気合いを入れ、本日の仕事に備える少年。
そこへ間髪入れず、ぼさぼさ髪で丸メガネの男がなだれ込んでくる。
「はぁはぁ、やっとついた……」
「いらっしゃませ」
「くっ!」
丸メガネの男は、もんどりうって転げそうになりつつレジへ突進した。
「て、ててて、店長はっ!?」
「落ちついてください、すぐに呼びますから」
なにか様子がおかしい。
この男は以前、店長から“才能”を買ったはずだ。それなのに余裕がなく取り乱している。
(他にも深刻な悩みが……)
少年はあれこれと思考を巡らせる。
「今回は長く持ちましたね」
背後から店長がのっそりと姿を見せた。
事態を予想していたのか、口調からはまったく焦りを感じさせない。
「まぁ、それほど立て込んでなかったしな……」
丸メガネの男が自嘲気味に呟く。
「店長、ど、どういうことですか?」
嫌な予感に襲われ、少年は荒々しく店長を問い詰めた。
「どうもこうも。効果は一時的に過ぎないということだ」
「っ!」
冷たい汗が背筋を凍らせる。
スタッフルームからは、着信を知らせる音が延々と鳴り響いていた。
了
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