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 次の日。 (上手く話せるかな……うぅ、緊張する)  いつもよりはやめについた少年は、店舗前で右往左往していた。  レジには少女がぼうっと立っている。まだこちらに気づいた様子はない。  同僚、といっても働く時間帯が違う。大した会話も必要ないはずだ。  意識するほうが反って失敗を招く。  わかってはいるが、いまの少年には難問だった。 (冷静にいこう、冷静に)  意を決した少年は、顔を引き締め店内へと足を踏み入れる。 「おはようございます」 「…………ああ、おはようございます」  朗らかに挨拶する少年に対し、少女からの返答はやや間が開いた。  どうもすぐには思い出せなかったらしい。  単に顔を覚えるのが苦手なのか、そもそも相手にされていないのか。 (やめよう、空しいだけだ)  少年は頭を振り、そそくさとスタッフルームへ急ぐ。 「あ、そうだ……」  ぽんと手を合わせ、少女がぽそりと呟いた。 「え?」  予想外なできごとに少年は足を止める。  少女は芝居がかった仕草で向き直り、 「先輩、いろいろと教えてください」  満面の笑みを浮かべた。  春の花を想わせる艶やかさに、少年の脳髄が狂おしく悲鳴を上げる。 「あ、うん、いいよ。どこがわからないのかな?」 「……ええとですねぇ」  自分のシフト時間になるまで、少年はたどたどしく少女の相手を続けた。 「店長、聞きたいことがあります」  閉店時刻になり、クローズ作業を行っている最中。少年は店長に問いかけた。 「……なんだい?」  わずかな沈黙の後、店長が重々しく応える。 「例の客への対応ですが、あれ自分自身にしか効果はないんですか?」  いままで買い求めた客はみな、自らの悩みを解消していた。  それでは少年の望んだ結果が得られない。 「他者への干渉も可能だ」  店長は見透かしたように顔をほころばせる。 「わかりました。では買いたいものがあります」  願望が叶うと知り、少年の心はひどくざわめいた。 「言ってみなさい」 「ボクはあの子――彼女の“愛”がほしい」  初秋の夜。  月の光は妖しく輝いていた。
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