序章

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本能で感じていた男は、死にもの狂いで走った。 恐怖で口がカラカラになり、心拍は更に上昇する。 息が苦しい… ダメだ… もう走れない… 無我夢中で走ってきた男は、蛍が飛び交う川縁までやって来た。 この川を越えれば、俺の住む村だ… 縺れそうになる足を懸命に動かし、橋のたもとまで来た男 はぁ… はぁ… もう少しだ… もうすこ… ドンっ!! 背中に強い衝撃を受けた男は悲鳴と共に草むらに倒れ込んだ。 バサッ! 倒れた男の周りから、一斉に蛍が飛び交う。 ドクン… ドクン… うつ伏せになったまま自分の鼓動だけが耳に響いているが、辺りは変わらずの静寂を保っていた 振り切ったのか… 自分の吐く、荒い息づかいのみが辺りに響く 男は恐る恐る、うつ伏せになった顔をあげた。 目に映るのは自分の回りを幽かな光で飛び交う蛍の姿のみで、自分を追ってきた不気味な足音も、すっかり消え去っていた。 ふう~~っ 男は安堵のあまり大きなため息をつくと、さっきまで恐怖におののいていた自分が妙に滑稽に思えて、思わず声をあげて笑いだした。 物の怪など、生まれてこの方一度も見たことは無い。 夜の闇が俺の心を惑わし、幻聴を作り出したんだ… そう思うと、男は笑いが止まらなくなった。     
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