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彼は俺に鍵を渡しながら、こともなげにそう言って微笑む。
「あ、それから、この後美容室に予約を入れてあるよ。この店で名前を名乗ってくれればいい。ここから歩いて数分だ。僕はこの後また仕事に戻るから」
そう言って彼は店の名前と場所を俺に伝えると、すぐに会社へ戻る準備を始めた。
……俺のためにいろいろしてくれる彼に無言のままでいるのは、さすがに居心地が悪い。
なんだか気恥ずかしくて躊躇われたが……慌ただしく玄関のドアを開ける神岡に、思い切って声をかけた。
「……あの、神岡さん。……ありがとうございます。ーーいってらっしゃい」
彼はぴくっと動作を止めてからーーちょっとだけ振り向いた。
「それはよかった。……嬉しくて、今トリ肌立った」
「なんですかそれ」
おかしくて、思わず吹き出した。
パーフェクトな印象が突然崩れるこの人に、いつも自然に笑わされてしまう。
美容室。ぶっちゃけ今まで1000円カットしか利用したことがない。
何となく面倒なのと、緊張するのと。ごちゃ混ぜな気分で、指定された店の扉を開ける。
いかにも人気店らしいスタイリッシュな店構えだ。
「いらっしゃいませ」
「あの……三崎といいますが」
「三崎様ですね?神岡様からご連絡いただいてます。こちらにどうぞ」
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