ヤンデマス

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 売り物件の看板には、あの言葉は書いてない。  ここまでの運転手も兼ねてくれた不動産屋さんの云ってくれたように【若い新婚さんたちにピッタリ】、そんな言葉を探す私を、あなたは白くて長い首を向けて顧みてくれる。バカだなぁと語る瞳がまた私をとろけさせるんだよ?  あなたの手に光る指輪が私とペアだと云うのは何かの嘘。私の子供みたいな手に添えられたアルミニウムの丸めものとあなたの白く長い手に燦然と輝くプラチナリング。その差が持ち主の差だと云うのは驚くほど簡単な落とし処で。  不動産屋さんが設備の説明をしてくれるが、私が雛鳥が餌にするように意味を反芻している間に、あなたは疑問を確認するの。開けてみて良いか、中は新しい部品に換えてあるのか。巣の外では生きられない私と違う、あなたは大きな翼の渡り鳥。どこへだって飛んでいけるんだものね。  リフォーム済みの台所は私の低い背でも使えそう。浴室を覗けばあなたも足を伸ばせる大きなバスタブ。ふたりでも入れそうだけど、それならもっと小さな方が良いのにと、はしたないことばかり考える頭をあなたの言葉はいつも一掃してくれる。 「カワイイね」  あなたの呟きが私のことだと錯覚するのはあなたがベッドでその言葉を汗と一緒に私の肌に摩り込むからだもの。  そんなところで笑顔の向こう新品タイルが鏡と一緒に私に笑う。カワイイのは白い私のサクラ柄。そんな風に。私以外に彼にカワイイと呼ばれたタイルに釈然としないものを覚えながらも、私はいつものように相槌を打つ。  けれども、私はあなたが居ればどこでどんな雷雨でも耐えられるし、あなたが帰る巣ならタイルも鏡も私が毎日磨いて清めてあげる。あなたの体を洗うところが汚れているなんて、そんなの考えられないから。
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