黒髪の神官長

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 騙しても裏切ってもいないというのに後ろめたい気持ちにさせる瞳だ。目を閉じろといいたかったが、そんなことを口にしてはアディスに屈したようで、ジャムシードのプライドが許さない。  アディスの視線を跳ね除けるように睨み返すが、何も言わぬ黒い瞳はいつまでもジャムシードを苛みつづけた。  港湾都市国家アルスの軍隊は無いも同然で、隣接する周辺国がガムカの元に下ったと知らせただけで、和平交渉を申し出てきた。  アルスは小国だが交易で栄え、他国の経済にも影響力を持つ。アルスの繁栄に興味を持っていたジャムシードは、軍艦に先んじて内々に商用船で上陸していた。  いくつもの国を蹂躙してきたガムカ軍が間もなく上陸してくるにも関わらず、人々は和平交渉の成り行きを楽観視しているのか、街は明るく活気に溢れていた。行き交う人の身体は全体的にふくよかで、貧富の差こそあれ、食事に困っているような人間は見当たらない。  実りの少ない土地ゆえに略奪をせねば生きてゆけぬガムカの国民とは、表情からして違う。強力な軍事力だけで、はたしてガムカはアルスのように豊かになれるのか。平民の服を着たジャムシードは目深に巻いたターバンの下で、眉間の皺を深めた。  道の端に腰を下ろし、一人で考え込んでいると、野太い怒声が耳に入った。 「五ダニーよこしなって言ってるだろう! それとも耳が聞こえないのかい?!」     
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