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マウンド上の杉内は、左打者から見れば外角に消え、また右打者から見れば内角を鋭く抉るスライダーを武器に、古巣ソフトバンクの強打者を巧みに打ち取っていった。 「城山部長、今年もこの時期がやってきましたね」 日本シリーズ第一戦。 午後七時に試合開始した巨人対ソフトバンク戦は、およそ四万五千人の大観衆を目の前に、緊迫した立ち上がりを見せていた。 「ああ、でも、ここ数年、全く同じカードやな」 横浜野毛小路の居酒屋「虎次郎」のカウンターでは、今時珍しいブラウン管テレビから流れる試合の様子を、ふたりの中年男性が指を咥えてみる姿があった。大手工機メーカー、安徳工機人事部部長の城山丈一郎。人呼んで、人事部のジョーと、その部下の掛布茂雄である。 二人は蛸の酢和えをつまみに早速、ビールジョッキを平らげると、二杯目を待ちながら雑話を続けた。 「ええなぁ、強いチームは選手層が厚くて。強豪に憧れる若手が入団を希望する、良い循環ができている。それに比べ我が阪神軍ときたら、首位巨人に大きく水を開けられて、まさに今の安徳工機を見ているみたいや…」 「違いますよ、こっちです」 掛布はジョーの言葉を遮るように言うと、二つ折りにした新聞を見開き、ある記事を見せつけた。 「ああ、そっちか」 ジョーは苦虫を噛み潰したような顔を見せた。 記事には『就職活動解禁』の文字が、仰々しく躍っている。 十一月。 世間では新卒を対象とした就職活動が解禁となり、企業による就職説明会や、就職斡旋業者による就活セミナーが、全国のあちらこちらで盛んに行われていた。 新聞やテレビのニュースにも「就活」の文字が並び、まるで国民行事の様な盛り上がりを見せた。 しかし、高々、就職先を見つけるだけの採用試験に、まるで人生の全てが決まってしまうかのような大袈裟な文言を並べ、学生の不安を掻き立てる昨今の風潮に、人事部長であるジョーは苦言を呈したのである。 「最近の就職活動は茶番と化している。本来の意味を全く捉えておらん。就職活動自体が形骸化され、その後の会社生活の内容も理解せず、内定を得ることが最終目的とされている。世間には胡散臭い就職セミナーが蔓延し、学生も会社も流行に翻弄されて、本質を見失っておる」 「まあでも、周囲がせっせと対策している中で、同じ土俵に乗るには、当人も努力しなければなりませんからね」 「ったく、畜生奴が…」 飲むと説教癖の出るジョーである。
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