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晩夏、漆色に染まった椿の花弁が秋の訪れを感じさせ、なかでもひときわ存在感を放つ極大輪の乙女椿が、千重に咲き乱れていた。十四世紀から続く日本庭園を壮観に彩っている。 昨日の雨に滴を垂らす線状楕円形の芽の隙間から、早朝の陽光が木漏れ日となって抜け、その先には、歴史的な利休残月亭が奥ゆかしく佇んでいる 一九八五年十月。 三管の音が鳴ると、新郎城山丈一郎、新婦律子は緊張した面持ちで参進の儀を迎えた。 出雲大社の大祭神を祀る慶雲殿での神前に、厳粛な雰囲気で執り行われた城山家の結婚式典は、多くの参列者で賑わっていた。 明け方こそ晴れ間を見せた空模様であるが、挙式が始まる十一時を過ぎると小雨がパラつき、次第に雨脚は強まっていった。 東京地方はここ数日、晴天が続き、式当日の天気は心配ないと予想されていた。 「まるで、今後の二人の人生を暗示するかのような雨だな―」 新郎丈一郎の従兄弟、博文は天井を叩く雨に耳を傾けながら呟いた。 一人息子の丈一郎にとって、博文は幼少の頃から兄弟同然の存在であったが、あるときを境に絶縁した。博文は、父、つまり丈一郎にとって叔父にあたる開誠に手を引かれながら渋々、挙式の行われるホテル椿山荘へと足を運んだのである。 「若い頃に去勢を張って家を飛び出したまでは良いものの、意気地がないというか。どうせ新婦も城山家の財産が目当てだろう」 博文は、隣席の妻、菊子に耳打ちした。 巫女の先導で新郎新婦、媒酌人が入場するのを傍目に、博文は苦虫を潰したような表情を浮かべ続けるのであった。 「あら、新婦さんは地主様の家柄じゃなくって。母さん、詳しいことは知らないの」 眉を潜め菊子が問うと、 「単なる百姓の娘だ、芋の臭いがする」 と博文は毒づいた。 笙と篳篥、龍笛による威風堂々とした雅楽演奏が終わり、両家親族は慇懃とした面持ちで立ち上がる。同時に斎主が幣を用いて穢れを祓うと、一堂は軽く頭を下げた。 栄の不動産業を経て銀行家へと成り上がった城山家と、十四代続く大地主の新婦丸峰家。名家同士の結婚というだけあって参列者も多い。しかし、参列者の雰囲気は独特の妬ましさが伴った。 巫女の合図で新郎が杯を受けると、次に新婦律子が受け取った。 ひっそりと俯いた束髪の先には、透き通った白い肌が垣間見える。
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