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律子が、杯に軽く口を付けると、赤い紅が漆の杯と重なり、見る者の心を奪う美しさであった。
「しかし、端くれの子も、結局は大会社に縋り付き、親の脛を齧ってこんな豪奢な結婚式開いてもらっているんだから、大概は丸く収まるものだねぇ」
式典が始まっても、博文の毒付きは終わらない。
その声は徐々に広がり、周囲の失笑を買うほどであった。
「城山家の閨閥作りに反対して、百姓もんの娘と結婚とはね。安物の着物きて、みっともない」
「ゴホンッ」
見かねた父開誠が咳払いとともに博文を一瞥すると、感付いたのか、博文はその後は口を閉ざした。
一旦は静寂を取り戻す式典。
しかし、尚も博文は仏頂面を貫いたままであった。
厳かな挙式が終わり、一行は披露宴会場へ場所を移した。
豪華絢爛とした会場には両家の親族だけでなく、旧友や職場関係者も集まり、一層の盛り上がりをみせた。
進行役の合図で新郎新婦が登場すると、拍手喝采が湧き起こり、照れくさそうに微笑した丈一郎と律子が会場中央の高砂に向かう。
二人は顔を初々しく赤らめたまま向き合うと、一礼して着席した。
会場では、新婚夫婦のプロフィールや馴れ初めなどがビデオ上映によって紹介されていく。
進行役が再びマイクに近付くと、新郎側主賓席に向かって話し始めた。
「―続きまして、新郎丈一郎様の上司でございます、安徳工機人事部部長、丹下茂一様よりご挨拶の辞を頂戴したいと思います」
前列主賓席に視線が集まる。
司会の辞を受けると、大柄な体躯をした丹下が、ゆっくりとした足取りで演壇へと向かった。
丹下は司会からマイクを受けると、咳払いの後にスピーチを開始した。
「只今、ご紹介に預かりました、新郎丈一郎君の勤務先の上司にあたります丹下と申します。甚だご僭越ながら、私から一言申し上げたいと思います」
丹下が黙礼すると、それに合わせて会場の関係者も頭を下げる。
会社関係者で構成された主賓席は、重役を前に、独特の緊張に包まれた。
「現在、新郎丈一郎君は入社六年目において、日々、目まぐるしく御成長され、また仕事に対する人一倍強い責任感、誠意ある姿勢には、感動すら覚えます」
日頃、部下に強く当たり仕事の鬼と揶揄される丹下にしては、新郎を一方的に称える言葉を並べ、違和感を抱いた関係者席であるが、冠婚葬祭の場ではさすがの丹下も公衆の目を気にするのか、というのが共通の印象であった。
丹下はさらに続けた。
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