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「我が安徳工機は、元々、安徳財閥グループの産機・工機部門から分離独立した後、早期から海外に進出し、激動の時代を駆け抜けて参りました。現在、世界各国に展開する拠点は大小合わせて五十を越え、我が人事部も少なからずグローバルな人員配置を行っております。時代は高度経済成長を終え、成熟の時代です。好景気に甘んぜず、寝る間も惜しんで働き、会社のためなら死んで本望というくらいの気概で、新郎丈一郎君は今後も絶大な戦力として会社に貢献して頂き、新婦律子さんにつきましては、どうか多忙な丈一郎君の内助の功としてご支援頂きたい―」
安徳工機は、岐阜美濃地方を本拠とする大手工機メーカーである。
もともとは財閥グループの一部門であったが、戦後分離独立し、中部地方を中心に開発生産拠点を展開。財閥解体後も、同財閥グループの長である安徳商事の一次請けとして早くからグローバル市場に進出した。
従業員数二万人、総売上高一兆円は国内の工機メーカーとしては最大の規模で、特に本店のある岐阜県内に関しては、「岐阜で石礫を投げれば安徳工機社員に当たる」と形容されるほど、広大な企業城下町を築いている。
この日の披露宴でも、企業関係者から送られた多くの電報が紹介され、影響力の強さを誇示していた。
「―では、続きまして乾杯のご挨拶を安徳工機人事部部長代理、八馬様に頂戴したいと思います」
丹下のスピーチが終わると、続いて八馬の名が呼ばれた。
八馬は城山の直属の上司にあたり、常に厳格な態度を曲げない丹下に対して、潤滑油的な役割を担っている。
八馬は盃を掲げると「私のような若年者が」と前置きした後、
「誠に恐縮ながら乾杯の音頭を取らせて頂きます。丈一郎君と律子さんの今後の幸せと健康を祝って、乾杯!」
と右手を掲げた。
『乾杯!』
八馬の音頭に続き、会場は再び拍手喝采に包まれ、緊迫した空気が漸く解けた。
慌ただしく様相を変える披露宴会場。
テーブルの上には、次々と料理が運ばれてくる。
各座席の後方で、給士が一定の距離を保ちながら食事の進行を見守り、手際よく皿を下げていく。
穏やかな時間が流れる一方で、具に眺めると、形容し難い煩忙さを感じさせた。
新郎新婦は息つく間もなく会場のテーブルを一席一席回りながら歓談を続けた。
酒を勧められ、写真を求められ、気の休まる暇はない。
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