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若手は慢性的に不足気味で、海外に出せる年齢の社員は、城山以外にいない。 「海外など若いうちしか行けんじゃないか。それにソ連と貴様の好きな東欧は隣接している。休日に好きなだけ出向けばいい」 「海外出向などという素晴らしい機会を頂き、大変光栄に思います。しかし、配転については、このような場でなく、少し落ち着いた場で再考させて頂けませんでしょうか」 城山は、丹下の辞令に対し拒否する意向を変えなかった。 なにより、両家の親族や友人の集まる席で人事に触れる丹下のやり口に、城山は疑念を抱かざるを得なかった。 自身も人事課員として、配置転換を伴う辞令には、一層の神経を使うことは既知である。特に家族、子供のいる家庭は尚更で、海外出向ともなれば長期間自宅を空けるため、はじめは誰もが躊躇する。まして新婚の城山を、ソ連などという得体の知れない国に飛ばす丹下の神経が解せなかった。 城山は、温情の欠片もない丹下の人事に、やはり猜疑の目を向けた。 「どうしても、出向は無理かね?」 丹下は再度、念を押すと、 「ええ、大変喜ばしいお言葉と存じますが、今回ばかりは―」 と城山は頭を下げた。 すると丹下の表情はみるみる硬直し、 「貴様、上司の命令に口答えする気か!」 と怒声を吐いた後、なんと目の前にあったビール瓶で城山の頭を叩き付けたのだ。 驚愕する参列者面々。 途端、会場中に鳴り響く鈍音と、額から鮮血を噴き上げる新郎を見ながら、集まった出席者は一斉に静まり返った。 「上司に盾突くなど言語道断! 貴様はサラリーマン失格だ!」 丹下は怒りに狂い顔を赤らめた。 「い、いえ、そんなつもりは…」 丹下は、額から大量の血吹雪を上げながら命乞いする城山の頭を床に擦り付け、さらに足で踏み付けたのだ。 あまりの凄景に、新婦律子や関係者は手を口元に抑え呆気にとられた。会場に至る所から、悲鳴に近い騒めきが聞こえた。 「名古屋の実家を飛び出し、名家の端くれとなった貴様を、岐阜の山奥から連れ出し、安徳工機に入社させてやったのは誰だと思っているのだ!」 尚も怒り冷めやらぬ丹下。 さすがの人事課員らも、あまりにも横暴な行動を続ける丹下を取り押さえにかかったが、部下の手を振り払い、丹下は城山の頭をジリジリと踏み続けた。 堪忍袋の緒が切れた丹下は、まるで瞬間湯沸かし器のように赤面して怒鳴り散らすと、 「二度とワシの前にその汚い面を見せるな、この畜生敵が!」
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