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ウラジオストクを出発したシベリア鉄道『ロシヤ号』は途中、ハバロフスクで停車して、再びモスクワへと出発した。
四月というのに零下のハバロフスクでは、行き交う人々が分厚な毛皮のコートを着、白息を吐いている。
ナホトカを経由して同駅に降り立った城山は、未だ白雪の残る駅舎を眺めながら、並々ならぬ思いに駆られ、寂寥を噛み締めたのである。
結婚式の翌月曜朝、頭を丸めて出社した城山は、出社するや否や真っ先に部長席に向かい、菓子折りと共に頭を下げた。
「昨日はとんでもない失態を冒してしまい、大変申し訳ございませんでした―」
城山が頭を下げると、剃髪した頭皮が青々と朝陽に反射し、丹下の目を眩しくさせた。
相対する丹下は「何のとこだね」と敢えて素知らぬ顔をして、まずは様子を眺めることにした。
「小生が丹下部長、いや会社に対し誠意なき発言をした事実。本来ならば腹切りして謝罪申し上げるべきと思います」
「ほほう、あのような公衆の面前でワシの顔に泥を塗って、本当に申し訳ないと思うのなら、この場で腹切りして死ね」
地を這う怒号が、ずっしりと城山の胸に刺さる。
丹下は土下座する城山の手元を眺めた。
五本指しっかりと揃えられた手を見て、「指も詰めずに誠意ある謝罪か」などと噴飯しながらも、ひとまず言い訳だけでも聞いてやるかと、城山の言い分を聞くに徹したのである。
城山は、失禁しそうな恐怖の中、緊張して口内が切れ、歯肉に血を浮かべながらも猛省の意を述べた。
「実はこの土日の間、私は結婚初夜に現を抜かすことなく、比叡山に籠り、一睡もせず読経を上げ、心を改めて参りました」
粗相の後、城山は披露宴を途中で切り上げると、比叡山坂本へと向かい、草履袴の軽装で登山した後、延暦寺へと籠り、そのまま二日間、一睡、一食もせず、経を読み更かした。
読経の間、城山は座禅を崩さずにいたため、月曜朝、城山の足は血色を失っていた。また荒行中は便所に行くことが許されないため、糞便垂れ流しの腿裏には茶褐色の筋がくっきりと残っていたのである。
修行を終えた城山の並々ならぬ様相を見て興味を抱いたのか、
「ほう、比叡にか―」
と丹下は息を吐いた
一分に刈られ、僧侶のように青々とした頭天を見、丹下は漸く口調を和らげ、次のように問うた。
「このワシにあれだけの恥をかかせた上、翌週に何事もなく出社など、正気ではないと感じたが?」
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