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「どう謝罪申し上げるべきかと、ここへ来るまで胸が抉られる思いすらしました。公衆の面前で丹下部長の顔に泥を塗ってしまったこと、一生の恥と存じます」 城山の手指はガタガタと震え、股回りには水溜りができていた。 あまりの恐怖に堪えられず、終に失禁したのである。 尚も城山は謝罪の詞を続けた。 「しかし、本気でけじめの意を示すためには、会社を去るのでなく、本来業務で成果を挙げることが最善と思い、今に至る訳です」 丹下は再び、城山の恰好を眺めた。 丸めた頭、白装束の着物。足袋の隙間からは、裸足で荒道を走ったのか、表皮が破れ、血肉が剥き出しとなった素足が見え、とても穏やかな様子ではないが、しかし一方で城山がそれほど自戒の念を抱いている顕れでもあった。 「この場で腹切りして会社を去ることは簡単です。しかし、本当の意味で信頼を取り戻すには、長い時間をかけてでも仕事で成果を出す方が最善であると存じます。身勝手な願いかと思いますが、小生に再度、機会を与えて頂けませんでしょうか」 尚も城山は粘り強く謝罪を続けると、丹下は最も気に掛っていたことを問うた。 「シベリア行きはどうするのか?」 「はい、快く承諾させて頂きます」 城山は、間髪を入れずに応えた。 「ほう」 一昨日とは打って変わって快諾の意を示した城山を見て、その真意について丹下は更に追及するのであった。 「新婚旅行はどうするのだ。生まれてくる子供はどうするのだ。存知かも知れないが、ソビエトは通信の自由が制限されており、今後三年間、家族と連絡が取れないだけでなく、マイナス四十度の極寒地帯での単身赴任生活は想像を絶する辛さであろう」 日本と隣国にありながら、社会主義という性質上、日本の株式会社は殆どと言ってソ連に進出していない。 ソ連は城山にとって最も近くて遠い国であり、まして極寒のシベリアに出向など、とても容易に受け入れられる辞令ではなかった。 しかし、会社において上司の命令は絶対。まして部長などという雲上人から直々の辞令となれば、首を横に振るなどという選択肢はない。たとえ理不尽な人事といえ、丹下の命令に背く行為は、即ち死を意味するのだ。 「自分の意志で、シベリア行きを決めるというのか」 丹下は再度、念を押すと、
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